2016年5月29日日曜日

「保育園落ちた!選挙攻略法2016」に参加して

5月22日,「保育園落ちた!選挙攻略法2016」という集会に参加してきました.(2016年5月26日付 Christian Today 記事参照).理路整然たる議論を以て国会で安倍晋三首相と論戦する今もっとも注目される代議士,山尾志桜里進党政調会長が論者のひとりとなると聞いたからです.

この集会をわたしは,当然,feminist たちの集会と想定していました.LGBT+ の ally として sexism と闘う立場にあるわたしにとっては,feminism という語は sexism [単に「男尊女卑」ではなく,より一般的に,sexuality にもとづく差別]の反意語として何の違和感もないものであり,わたし自身,LGBT+ 活動家であると同時に feminist であると自認しています.ところが,日本の社会や論壇では「フェミニズム」という語に否定的な意味あいを感ずる者が少なくなってきたのは,ようやく最近のことのようです.この集会でも,司会者は,「今日ここにいらっしゃった皆さんをフェミニストと呼んでもいいですよね」と確認することから始めました.日本において feminism が社会的な運動としてより一般的になって行くのはまだまだこれからのことのようです.

feminism の歴史において lesbian たちは大きな役割を果たしてきました.女性の選挙権の獲得を主目的とした政治運動を the first-wave feminism と呼ぶのに対して,1960-1970年代のいわゆる women's liberation の運動を the second-wave feminism と呼びますが,それに属するフランスの代表的な féministe, Monique Wittig (1935-2003) は lesbian でしたし,1990年代から始まる the third-wave feminism の代表的な論者 Judith Butler (1956- ) もそうです.特に後者は,feminism のみならず,LGBT+ の人権運動も積極的に支持しています.

さて,本年2月15日付けの匿名日記記事保育園落ちた !! 日本死ね !!!にもとづいて山尾志桜里氏が国会で議論したことをきっかけに,育児や保育ならびに幼児教育のための公的な支援がまったく不十分であることに注目が集まったのは,周知のとおりです.この集会でも当然ながら,話題の中心はそのことでした.

ひとつ驚いたのは,日本では妊婦の家族にも産婦人科医師にも,無痛分娩に否定的な意見を持つ者が少なくない,という話です.陣痛を感じずに済むよう硬膜外麻酔を用いることは,産婦人科医ではないわたしにとっても医学的常識のひとつです.ところが,「陣痛に苦しんでこそ本当の母親になることができる」という奇妙な信念が日本社会の少なくとも一部には共有されているようです.昔の「スポ根」ものを思い出させる時代錯誤と言わざるを得ません.

また,the second-wave feminism の標語のひとつであった the personal is political [個人的なことは政治的なことである]が改めて強調されました.つまり,ひとりの女性が個人的に悩み,苦しんでいることは,実は,sexism という社会全体の問題に属しており,したがって,女性の個人的な問題の解決には社会全体の問題解決努力が必要不可欠である,ということです.このことは,現在の日本社会においてもそのまま妥当します.

そして勿論,今,LGBT+ の人々が個人的に苦悩している問題も,sexism という社会全体の問題に属しています.「個人的なことは政治的なことである」は,今,自身 LGBT+ である人々にとっても,ally にとっても,まったく actual な標語です.pro-LGBT+ 活動は sexism に対する闘いにおいて feminism と連帯することができるし,そうすべきです.

現在,日本の支配階級を構成する国粋主義団体,日本会議の意向にそって自民党がもくろむ新憲法制定の動きに関しても,家族にかかわる問題性の観点から幾つかの指摘が為されました.軍事力と戦争を放棄すると宣言している憲法第9条だけが重要なのではありません.

日本国憲法第13条では,「すべての国民は個人として尊重される.生命,自由,および幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする」と述べられているのに対して,自民党草案では「すべての国民は人として尊重される.生命,自由,および幸福追求に対する国民の権利については,公益および公の秩序に反しない限り,立法その他の国政の上で最大限に尊重されなければならない」と述べられています.

日本会議の嫌う「個」が削除され,代わりに「公」が強調されています:「公益」と「公の秩序」.pro-LGBT+ 運動にとっては,「同性愛は公益および公の秩序に反する」と言い渡される可能性が心配されます.

次に,婚姻と家族に関する規定を含む日本国憲法第24条に関しては,自民党草案では次の条項が付加されています:「家族は,社会の自然かつ基礎的な単位として尊重される.家族は,互いに助け合わなければならない」.

この文の前半部分は,1948年に国連総会で採択された世界人権宣言の第16条第3項から取られています : The family is the natural and fundamental group unit of society and is entitled to protection by society and the State (英語版:家族は,社会の自然的かつ基本的なグループ単位であり,社会と国家とによる保護を受ける資格を有する) ; La famille est l'élément naturel et fondamental de la société et a droit à la protection de la société et de l'Etat (フランス語版:家族は,社会の自然的かつ基本的な要素であり,社会と国家とによる保護を受ける権利を有する).

ところが,世界人権宣言の後半部分の「家族は,社会と国家とによる保護をうける資格ないし権利を有する」は自民党草案では削除され,代わりに「家族は,互いに助け合わなければならない」と付け加えられています.つまり,自民党は,家族を保護すべき社会や国家の義務を放棄し,逆に,家族に「自助努力」の義務を負わせています.この点について,自民党は,国連の人権理念に全く反しています.自民党草案に表されている家族の権利の軽視が保育園の不足を惹起していることは,明白です.

憲法24条に追加さるべきものがあるとすれば,それは,日本国憲法施行より後に採択された世界人権宣言のなかのこの一文:「家族は,社会の自然的かつ基本的な要素であり,社会と国家とによる保護を受ける権利を有する」です.

他方,憲法24条第1項は,同性婚を容認していないと解釈される可能性をはらんでいます:「婚姻は,両性の合意のみに基づいて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により維持されなければならない」.

ところが,世界人権宣言第16条の第1項と第2項には,こう述べられています:「結婚可能年齢となった者は,男も女も,人種や国籍や宗教に関する如何なる制限も無く,結婚し,家族を築く権利を有する.彼ら・彼女らは,結婚期間中,ならびにその解消の際,結婚に関して平等の権利を有する.結婚が結ばれ得るのは,配偶者どうしとなろうとする者たちの自由にして完全な同意を以てのみである」.つまり,同性婚を禁止する表現は全くありません.

この点については憲法を改正すべきです.つまり,同性婚が可能となるように,「両性」や「夫婦」の語を削除し,「婚姻は,結婚しようとする二人の合意のみに基づいて成立し,両者は同等の権利を有する」と改めるべきです.

集会の終了後,わたしは山尾志桜里氏に憲法24条の修正に関してどう考えているかを質問しました.彼女の答えは,同性婚が可能となるよう民進党は憲法改正案を作成している,というものでした.彼女は小柄で,握手のために彼女の方から差し出してくれた手も小さかったですが,その考えや話ぶりからは彼女の力強さが十分に感ぜられました.是非,彼女にこそ総理大臣になってほしいと思います.しかも,できるだけ早く.

ともあれ,以上から明らかなように,日本社会における LGBT+ の人権を主張する運動にとって,自民党政府に取り入ろうとするのは全くの見当違いです.稲田朋美氏を始めとする日本会議所属の政治家たちの本音は,「同性愛は公益および公の秩序に反するので,これを禁止する」です.

今後の国政選挙で自民党が勝利するなら,日本社会で LGBT+ の人権はますます制限されて行くでしょう.

ルカ小笠原晋也

2016年5月19日木曜日

The International Day Against Homophobia, Transphobia and Biphobia

この blog に書くのが遅くなってしまいましたが,5月17日は the International Day Against Homophobia, Transphobia and Biphobia でした.

簡潔な日本語に訳すことはできそうにありません.LGBT 嫌悪に反対する国際記念日,反 LGBT に対抗する国際記念日,反反 LGBT 国際記念日,反 LGBT 差別国際記念日....

ともあれ,何を記念しているのかと言うと,1990年に WHO の国際疾病分類のリストから「同性愛」の項目を削除することが決定された日を記念しています.つまり,同性愛を病気扱いするのをやめることが国際的に正式に決定された日です.

同性愛は,治療さるべき疾患ではありません.同性愛者は,異性愛者と同等の「権利」を有しています.結婚の「権利」も,養子を取る「権利」も,ミサに与る「権利」も,信徒として洗礼してもらう「権利」も.

しかし,「権利」は法学用語です.法律ないし律法の次元においては,人々は,悪しき相対主義や,律法中心主義,教義絶対主義に陥ってしまいがちです.

ですから「権利」ではなく「尊厳」と言いましょう.あらゆる人間は,神に創られた者として,同じ存在尊厳を有しています.

言い換えると,わたしたちは皆,等しく神に愛されています.

God's love excludes nobody, but includes everybody. 
神の愛は,誰をも排除せず,而して,あらゆる者を包容する.

これが,神の愛の根本原理です.この原理に反することを主張している者は大概,律法中心主義や教義絶対主義に陥っています.

Πιστεύω εἰς ἕνα Θεόν. 
Credo in unum Deum. 
我れは唯一の神を信ずる.

それは如何なることか?「神がひとつの存在事象として宇宙のどこかに存在すると思い込む」では全然ありません.そうではなく,「わたしは神の愛に対して自身を開きます」ということです.

神の愛に自身を開くとき,男も女も,straight も gay も,trans も cis も,differentiated も undifferentiated も,あらゆる差異は無効になります.

全世界からあらゆる差別がなくなりますように! Amen !

ところで最近,わたしたち LGBT カトリック・ジャパンの名称に関して,いわゆる queer などの人々をも含む名称を用いるべきでなかろうか,という問題提起が為されました.

名称の簡潔性と包括性とにおりあいをつけるのは,なかなか困難です.そこで着目したのが + の記号です : LGBT+

LGBT+ という表記の + は,狭義の LGBT 以外にも,自身の性別感や身体的性別分化が多かれ少なかれ曖昧であったり,決定困難であったりする人々や,自分には sexuality は無いと感ずる人々をも包容することを指すための plus の記号です.

まだ正式に決めたことではありません.何か良い考えがあれば,教えてください.

ルカ小笠原晋也

2016年5月9日月曜日

Tokyo Rainbow Pride 2016 に参加して

5月8日に催された Tokyo Rainbow Pride 2016 に,LGBT カトリック・ジャパンとして参加してきました.我々のこの活動は昨年夏に始めたばかりなので,今回が初参加です.

ブースでの伝道活動と物品販売に協力してくださった方々に感謝します.主催者と参加者すべての方々にも感謝します.皆さん,お疲れさまでした ! 

或る30歳前後の方が感想をこう述べていました:「わたしが学生のころは,LGBT であることは絶対,人に知られてはならない,と思っていた.そのせいで,いつも暗い気分でいた.ところが,この10年間で日本でも LGBT を取り巻く環境は何と変わったことか ! こんなふうに,隠しだてすることなく,おおぜいで集まって,お祭りを楽しむことができるようになるなんて,以前は考えられなかった.とてもうれしい」.

神に創られたものとして,あらゆる人間は等しく神に愛されています.あらゆる人間が等しく存在の尊厳を有しているのは,そのことに基づいています.神の愛は,誰をも排除しません.すべての人間を包容します.

法学的には,あらゆる人間は平等の権利を有している,と公式化されます.神学的には,あらゆる人間は神の愛の公平性のゆえに平等の尊厳を有している,と表現されます.

いずれにせよ,LGBTIQ の人々も,それ以外の人々も,同等の存在尊厳と同等の法的権利を有しています.あらゆる事柄において差別があってはなりません.当然,結婚や養子縁組に関しても.そして,存在論的性別と解剖学的・生理学的性別との一致の享受に関しても.

TRP のような行事が LGBTIQ に対する社会的偏見と憎悪をよりいっそう解消することに貢献して行くことができますように !

LGBT カトリック・ジャパンの名称のもとに,わたしたちは,パレードに参加し,ブースで,一般参加者との対話と,信仰関連の品々の販売を行いました.

予期していた以上に,多くの人々がカトリック信徒の参加に関心を示してくれました.カトリックは同性愛を断罪しているのでは,と問いかけてくる人々も少なくありませんでした.今のフランチェスコ教皇は,むしろ差別を禁止し,LGBTIQ をカトリック教会に歓迎するよう説いている,と返答することができたのは,とてもうれしいことでした.ただ,全世界的には保守派も少なくないカトリック教会の内部分裂を避けるために,同性婚を秘跡として祝福するところまでは踏み込めないでいるが,と付け加えねばならなかったのは,残念でしたが.

虹色のロザリオや十字架は皆さんにとても好評でした.特に,手作りのロザリオは,用意した分を完売しました.

また,50枚ずつ用意していた三種類のチラシは,早めの時間帯にすべて配布されつくしてしまい,残念ながら午後から来てくださった方々に何もお渡しすることができませんでした.ここに掲載しておきます:







当日,「キリストの風」主宰の平良愛香牧師さん,および,新宿コミュニティ教会主宰の中村吉基牧師さんとお会いし,直接お話しすることができて,大変うれしく思いました.

また,新宿コミュニティ教会の野外礼拝に参加させていただき,ありがとうございました.中村吉基先生が朗読に選んだ聖パウロのガラテア書簡 3,28 : 「ユダヤ人もギリシャ人も無く,奴隷も自由人も無く,男も女も無い.そも,あなたたちはすべて,キリスト・イェスにおいてひとつである」は,性差をも含むあらゆる差別は神の愛において無効であることを,思い出させてくれました.

その直前,Ga 3,23-26 において聖パウロはこう言っています:「信仰が到来する前,我々は律法のもとに囚人であった – 啓示さるべき信仰を待望しつつ.さように,律法は我々の看守であった – 信仰によって義とされるために,キリストを待ちながら.しかし,信仰が到来したので,我々はもはやその看守のもとにはいない.そも,あなたたちはすべて,信仰により,キリスト・イェスにおいて,神の子である」.つまり,わたしたちは皆,断罪する律法から解放され,主イェス・キリストにおいて等しく神の子として愛されています.聖書の語句の断片や伝統的に律法と見なされてきたものを振りかざして LGBTIQ を断罪することを,神はもはや許しません.

福音に対して耳をふさぎ,神の御顔から目をそむけ続けている日本人すべてが,神の愛との良き出会いをすることができますように ! 主よ,あなたの愛と永遠の命を証言するために信仰を生き続ける力を,わたしたちにお与えください.Amen !






「くたばれ,家父長制 ! 」に完全に賛同 !

ルカ小笠原晋也

2016年5月8日日曜日

稲田朋美氏の口車に乗せられてはならない

朝日新聞 web 版 2016年5月7日17時55分付の記事は,Tokyo Rainbow Pride 2016 を「視察」した稲田朋美氏の記者団に対する発言をこう伝えている:

「今まで、自民党が LGBT の問題に取り組むと言ったら、なんかこう場違いな感じを受けたが、私はこれは歴史観とか思想信条とかそういうことではなく、人権の問題で多様性の問題なので、政権与党の自民党がしっかりと取り組んで、LGBT の方々の理解を促進していって、一つ一つの課題を解決していくことが重要だと思っている。

「息子が大学生の時、親しい友人が当事者だったこともあり、LGBT の方々の問題にもしっかり取り組まなければいけないと思った。私は色んな人たちが自分らしく生きられる社会をつくりたいと思っている。(これまでの自身の主張と矛盾しているとの批判があるが)私自身は男らしさとか女らしさということを言ったことは今まで一度もないし、男は男らしく女は女らしくすべきだというふうには思っていないし、自分自身もそんなふうにして育ってきていないので、自分としては全く矛盾はない。

「(自民党内では)えっと思う人が反対だったり、すごくリベラルかなと思っていた人が LGBT の問題には全然理解がなかったりする。今まで自分を支援してくれたたくさんの人から、なぜ稲田さんがそんなことを言うのか分からないと言われることもある。

「でも、私は LGBT の問題に取り組んで、その理解を広めることが、実は一億総活躍社会そのものだと思っている。誤解をされている方にも、しっかり説明していきたい。」


しかし,稲田朋美氏の甘言にたぶらかされることはできない.彼女は,日本会議のメンバーとして,最も家父長主義的な考えの持ちぬしのひとりである.彼女の本音は,東京新聞2016年4月29日付のこの記事に端的に表現されている:


同性婚は論外? – 自民党の LGBT 方針の愚

自民党の「性的指向・性自認に関する特命委員会」(委員長:古屋圭司元国家公安委員長)が,性的少数者 (LGBT) に関する基本方針をまとめた.LGBTへの理解の促進に向けた議員立法を目指すが,同性カップルを結婚に相当する関係と認める同性パートナーシップ制度の導入はおろか,差別禁止規定や罰則も盛り込まれていない.研究者からは,「文書そのものに矛盾や認識不足がある」と批判の声が上がっている.(三沢典丈)

制度を直さぬままに「カムアウト不要社会」

2016年4月27日に公表された基出本方針は,「考え方」と「政府への要望」からなる.「考え方」は,社会が性的指向と性自認の多様性を受容するよう国民の理解を促し,LGBT 当事者が「カムアウト(表明)する必要のない社会」を目標に掲げる.「要望」は,教育や雇用の現場で当事者へのいじめや差別があった場合,啓発や指導を求める.

渋谷区は昨年四月,全国初の同性パートナーシップ条例を施行したが,基本方針は「慎重な検討が必要」と否定的だ.欧米各国で認められつつある同性婚については,古屋圭司氏がブログで「憲法24条に規定される両性の合意に基づいてのみ婚姻が成立するということが基本」と述べて一蹴したとおり,最初から蚊帳の外だった.

LGBT をめぐっては,旧民主党が昨年12月,雇用現場での LGBT 差別禁止を義務化し,勧告に従わない企業を公表するとともに,パートナーシップ制度も施行後に検討するとした法案骨子をまとめた.現在,与党を含む超党派の議員連盟が内容を詰めている.

他方,自民党は,2012年発表の改憲草案で,婚姻関係を定めた24条に家族の重要性を説く一文を第一項に挿入し,個人の生き方よりも過去の家父長制的な家族観を尊重する姿勢を打ち出した.今回の基本方針は,古屋圭司氏ら保守派が超党派の動きをけん制する狙いもあるようだ.

当事者を救済する前に,「意図せぬ加害者」を懸念

渋谷区の同性カップル証明交付第一号となった増原裕子さんは,「自民党が LGBT の問題解決に前向きな姿勢を見せたことは評価したい」としつつも,「今,偏見などで苦しむ当事者はたくさんいる.差別禁止の法整備に踏み込まなかったのは物足りない」と残念がる.

渋谷区と同等の取り組みは,他の自治体でも始まっている.東京都世田谷区は,条例ではなく,首長の権限で策定できる要綱に基づき,同性パートナーシップ宣誓書の交付制度を昨年11月にスタート.世田谷方式は,三重県伊賀市が既に取り入れたほか,兵庫県宝塚市や那覇市も検討している.

増原さんは,「自治体の取り組みが自民党を動かしたと思うが,今回の基本方針は LGBT をマイルドに理解していこうという内容で,どこまで実効性があるのか」と疑問視する.

東京大大学院の清水晶子准教授(ジェンダー研究)は,基本方針の「考え方」に厳しい視線を注ぐ:

「性的指向や性自認をカムアウトする必要のない社会は,誰にカムアウトするかしないかが個人の選択に任されることを大前提とする.だが,現行の戸籍や住民票の性別記載,性別変更の要件などは,この前提に反している.にもかかわらず,『考え方』には『現行の法制度を尊重する』と書かれ,変更するつもりがない.カムアウトの必要をなくすには,婚姻や家族の制度を抜本的に見直さなければならないのに,矛盾している」.

加えて,「LGBT への理解が進んでいない現状の中,差別禁止が先行すれば,かえって意図せぬ加害者が生じる」という一文を,清水晶子准教授は問題視する:

「差別は,加害者が意図するか否かにかかわらず起こる.今,偏見や差別による被害者が目の前にいるのに,その救済より前に,加害者が出ることを懸念するのは,国際的な差別撤廃運動の方向性にも逆行する.自民党の差別問題に対する認識不足が露呈されており,信じ難い論理だ」.


今や日本会議の表の顔にほかならない自民党に性的差別の問題の解決を望むことは,「百年河清を俟つ」に等しい.性的差別を解消するには,日本会議の存立を可能にする日本の家父長主義そのものを無効化することを目ざす必要がある.さもなければ,女性と LGBT とに対する性的差別の根本的な解決は不可能である.

ルカ小笠原晋也

2016年5月3日火曜日

Tokyo Rainbow Pride 2016 に参加しましょう


5月8日,渋谷で行われる Tokyo Rainbow Pride 2016 に,LGBT カトリック・ジャパンも参加します.当日,わたしたちの booth では,虹色の十字架やロザリオ,虹色の慈しみのイェス様がプリントされた T シャツなどを販売します:




いづれも,手作りや特注の品々です.5月8日,LGBT カトリック・ジャパンの booth でしか手に入りません.皆さん,どうぞお立ち寄りください!

LGBT カトリック・ジャパンの booth は,以下の図の 77 の位置にあります.



お隣,78 の位置には,中村吉基牧師さんの新宿コミュニティ教会が booth を出します.神の愛の福音を LGBT の人々に宣べ伝えるために,わたしたちは協力したいと思います.

なお,平良愛香牧師さんの「キリストの風」グループは,booth は出しませんが,5月8日のパレードには参加します.わたしたちも御一緒したいと思います.

当日,好天に恵まれますように !

皆さんも,是非,共に参加してください.

差別的な日本社会の土台を成しているのは,先祖崇拝に固執する家父長主義です.そのような家父長主義を打倒するために,フェミニズムのみならず,日本社会のなかの少数派,キリスト教と LGBT 運動にかかわる者たちが為し得る貢献は小さくありません.

神の愛を日本社会のなかに顕す力を,主よ,わたしたちに与えてください ! Amen !